最高裁判所第三小法廷 昭和25年(あ)125号 判決 1952年2月05日
主文
本件上告を棄却する。
当審における訴訟費用は被告人の負担とする。
理由
弁護人松下宏、同田中栄蔵の各上告趣意は末尾に添附した別紙記載の通りである。
弁護人松下宏上告趣意第一点について。
第一審の判示第二の(一)によれば被告人が生産者たる前田清司外九名から被告人の居住地附近で米麦を買受けた事実が示されている。それ故被告人の居住地附近で米麦を被告人に売渡したという所論池田久七外七名の売渡顛末書は被告人がその米麦を居宅から佐世保駅まで運搬したという自白の補強証拠となること明らかであるから原判決は被告人の自白を唯一の証拠としたことには当らない。従って所論違憲論は前提を欠くもので理由がない。
同第二点について。
現行の刑事訴訟手続において裁判官が公判廷で被告人に対し公訴事実其他について詳細な訊問をすることを許されるか否かは訴訟法解釈上の問題である。従って原判決が裁判官が詳細な訊問をしたことは違法でないと判断したことを非難する論旨は其実質は訴訟法上の問題であって憲法上の問題ではないから適法な上告理由として採用するを得ない。なお第一審の裁判官は検察官の起訴状朗読が終った後被告人に対し刑訴第二九一条第二項に依り終始沈黙し又は個々の質問に対し陳述を拒むことができること及びもし陳述すれば被告人の有利な証拠にもなりまた不利益な証拠となることを告げているのであるから被告人に陳述を強要したとはいえないし、また被告人の陳述が強要に基くものと認むべき点はない。従って所論違憲の主張はその前提を欠き採用できない。
第三点、第五点について。
論旨は食糧管理法第九条は立法事項を政令にのみ委任したものであって政令がさらに下級行政機関に立法を委任することは許されないものであるから食糧管理法施行令に基いて制定された食糧管理法施行規則第二九条は法律に根拠がないと主張する。しかし右二九条は直接法律の委任によるもので違憲のものでないことは当裁判所大法廷の判示する処であるから(昭和二四年(れ)第三七九号同二六年一二月五日大法廷判決)右二九条が違憲無効のものであることを主張する論旨は理由がない。論旨はさらに「食糧管理法第九条の政令の定むるところによる命令」なるものは一般国民に命令することを含まないことは同条第二項以下の趣旨によって明らかであると主張する。しかし所論同条第二項以下の規定は昭和二四年六月二五日法律第二一八号により設けられた規定であって本件犯罪当時は存在しないものであるから論旨は当を得ないし主張それ自体も独自の見解であって理由がない。なほ論旨は原判決は当裁判所昭和二三年(れ)第一四一号事件の判例に違反すると主張する。しかし右判例は法律が特に委任した場合に委任を受けた政令が自ら罰則すなわち犯罪構成要件及び刑を定める規定を設けることができる旨を宣明しただけであって同判例は法律が罰則を設けることを委任できるのは政令だけに限るか又は政令以下の省令等にも罰則を設けることを委任できるかについては何等判断を示していないのである、論旨は右判例を誤解したものであって原判決は右判例に反するところはないから此点に対する論旨もまた理由がない。
第四点について。
論旨は原審の量刑不当を非難するものであって上告適法の理由となしがたい。
弁護人田中栄蔵の上告趣意第一点乃至第三点について。
第一点は訴訟手続違背を、第二点は事実誤認を、第三点は量刑不当を主張するもので何れも上告適法の理由となし得ない。
なお、援用にかかる相弁護人松下宏の上告趣意の理由ないことは前記説明のとおりである。
よって刑訴第四〇八条第一八一条により主文の通り判決する。
以上は裁判官全員一致の意見である。
(裁判長裁判官 井上 登 裁判官 島 保 裁判官 小林俊三)